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すみくろ

ある日突然、後輩が疑問をぶつけてきた。それは”色褪せた黒色”についてだ。それは「なぜこんな色になるのか?」ということだったけれど、あまりにも不意だったこともあって呆然となってしまった。我に返って彼を見てもその様子は、その謎を解くのは今しかない!といった前のめりな感じだったので、なんだか無下にも出来なかった。

 

ファッション業界特有かもしれないが、色褪せた黒を“すみくろ”と呼ぶ。漢字では炭黒と書き、文字通り“炭のような色をした黒色”を指す。黒とは言うけれど真っ黒ではなく、光の当たり方よってはチャコールグレーに見えなくもない。例えるなら白髪が多く交じった黒髪をイメージしていただくとわかりやすいかな?いやどうだろう、違うか・・・。どうも上手く言えない。
とにかくそれくらい白っちゃけたような黒色なのだが、その褪せた感じ、今っぽく言うと“フェード感”がすごく魅力的。インスタでも#dopefadeなんてハッシュタグもあるくらいの、そのなんとも言えない色合いに人々は魅了されロマンを感じてしまうのだろう。

 

誰にだって失敗はある。国内のみならず、海外に行った時なんてこれで正しいのかどうかわからないまま物事を進めていくと、失敗どころかとんでもないことになり兼ねない。そう言う僕も何度か海外旅行に行ったことがあるけれど、幸いなことにこれまでに事件や事故は起こっていない。ただ今回、後輩がぶつけてきたその質問の回答は偶然にも海外旅行中に体験していたことにあった。だから答えはバッチリだった。
遡ること社会人1年目の11月、当時語学留学していた後輩を頼って、これから冬に差し掛かろうとするニューヨークで10日間を過ごした。荷物もお金もほとんど無い文字通りの貧乏旅行(ちなみにその頃からすでにあたまちりちり)。その年11月のニューヨークはありえないくらい暑かったようで、冬は目前なのにロングスリーブカットソー1枚でも汗ばむような陽気。そんななか、僕の手持ちの服は黒とグレーのサーマルしかないということもあって余計に暑く感じた。
折角来たのだからもちろん観光であちこち歩き回るし、その気温で着られる服を新調できず手持ちのトップスはサーマルしか無かったので、3日に1回くらいは洗濯がしたくなった。その際は友人宅の近くの殺風景なコインランドリーを利用したけれど、そこはアメリカ・ニューヨーク(ちなみにクイーンズ)。いつ何が起こってもおかしくは無い”Do or Die”のような空気だ。そう考えた僕は、とにかく時間を短縮すべくコインランドリーの機械は“最大・最強”を常に選択。けれどもやはりそこそこ時間はかかってしまった。
設定時間と温度は覚えていないが、洗濯と乾燥を一通り終えタンブラーから出してみると、それまでは漆黒という言葉がぴったりな黒いサーマルが、まるで竜宮城から帰った浦島太郎みたいに見えた。取り出した頃にはかなり年老いていたからだ。いや、むしろミイラみたいにカラッカラに干からびていた。気の毒なほど色褪せて、しかもかなり熱を帯び長くは手で持っていられないし、おまけにサイズも1つ縮んでいた。「もう勘弁してください、マジで。」と、そのサーマルは弱々しくも真っ直ぐ僕に訴えかけていた。そんな出来事に悔しいどころか、アメリカの機械のパワーに感心すると同時に、サーマルに対して何だかかわいそうなことをしていたたまれない気持ちになったのを覚えている。

 

つまり、炭黒は熱を用いれば簡単に完成する。もちろん他にも方法や過程はいろいろあるだろうけれど。後輩の質問に対しては、ちょっと考えりゃあわかりそうなもんだと思った。乾燥機なんて割と身近だし、さらにそれを身を持って答えにたどり着いていることもあって、その時の僕は無敵、スーパーマリオで言うスター状態。余裕綽々。そこでなんとか彼を答えまで導きたいと思った僕は、回りくどく色々なヒントを出したけれど、結果「あ、わかりました。そういう加工ですかね!」という、もっともらしいけれど中身とロマンの欠片さえも無いクソざっくりした答えが後輩から返ってきたとき、己の力量の無さはもちろん、何かを伝えることの難しさと、様々なことを店頭に立ちながらお客様のみならず後進にも教えていく熟練従業員の必要性を痛感した。

 

洋服、とりわけアメリカものは少し着込んだくらいがカッコイイと多くの人が言うけれど、きっと人間も、歳を取って色々と揉まれてすこし枯れたくらいのほうが魅力的、ということなんだろう。

 

 

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